青葉奨学会沖縄委員会の8月定例会のお知らせです。
8月14日(土)午後7時より
場所 すぺーす結(那覇市一銀通りの安木屋向かいの久茂地マンション402号室)
参加費無料(一品持ち寄り歓迎)
お問い合わせ 携帯080-2719-4720(村田)
今回は、「青葉奨学会の歩みを振り返る」というテーマで行います。
私たち「青葉奨学会沖縄委員会」は小さな団体で、大した「歩み」をしてきたわけではありませんが、1994年の発足から数えると16年になります。
この間に、378名の生徒たちに奨学金を送りました。
16年間の出来事、支援してきた子どもたちのこと、この間のベトナム・沖縄の変化など、改めて振り返ってみたいと思います。
私たちが支援している「ベトナム青葉奨学会」は、1992年にグエン・ドゥック・ホーエさんが設立した団体です。
ホーエさんは1959年から74年まで、東京に滞在していました。
京都大学・東京大学大学院で物理学などを学び(すごいですね…)、ベトナム人留学生のリーダーとして東京に学生寮を作り、仲間たちの生活や勉学を励まし続けました。
故国では戦争が激しくなっていった時期。1965年、米軍による北爆に対して、日本で最初に(たぶん)抗議デモを組織したのも、ホーエさんたち南ベトナムからの留学生だったそうです。
70年代前半には、故国の子どもたちのために、「兄弟奨学金」という奨学金の活動も始めていました。
その後、1974年にホーエさんは戦火の続く南ベトナムに帰っていきました。
1975年の南部解放後、兄弟奨学金は活動を停止しました。
革命後の混乱の中、日本とベトナムで連絡を取り合うことも極めて難しくなり、ホーエさんは音信不通の状態が続きました。
ドイモイ政策が軌道に乗った1990年代初め、ホーエさんはホーチミン市で日本語学校を設立するとともに、貧しい家庭の子どもたちを対象に奨学金の活動を再開しました。
1970年代前半、東京でホーエさんと一緒に活動していた高里鈴代さん(沖縄委員会代表)に、その当時のことや、90年代のホーエさんとの再会、沖縄委員会設立のいきさつなどをお聞きしたいと思います。
これまでの歩みを振り返りながら、「これから」についても思いをめぐらせてみましょう。
いつもどおり、飲み物と軽食を囲んでやりますので、興味のある方は気軽にご参加下さい。
会員以外の方の参加も歓迎しますので、どうぞお越し下さい。