「第一が『鬼』、第二は『魔』、それでは三番目は何?」と聞かれても、私たちには見当もつきませんが、ベトナム人なら即座に「生徒」と答えるかもしれません。
もう7~8年前になるでしょうか、一人の青葉奨学生の手紙を翻訳していたとき、不思議な言葉が出てきました。
「Nhat quy, nhi ma, thu ba hoc tro」
「nhat」が「一」、「nhi」が「二」を意味する漢越語ということはすぐわかりましたが、「quy」と「ma」がよくわかりません。辞書を引くと、「quy」は「妖怪」とか「鬼」、「ma」のほうは「幽霊」とありました。
「thu ba」は「三番目」、「hoc tro」は「生徒」ですが、この一文がいったいどんな意味なのか、どう訳したらよいのか、皆目わかりません。
困っていたとき、ふと「そういえばベトナムの幽霊には二種類あったよな…」と思い出して、調べてみました。亡くなった近藤紘一さんの本に出ていました。
ひとつの種類は、「クイ(quy)」。人を呪い殺すこともあり、ベトナム人がもっとも恐れる悪霊です。「quy」は漢字で書くと「鬼」になります。「鬼」の音読みの「キ」と「クイ」。ちょっと似ていますね。
もうひとつが「マ(ma)」。こちらも悪さを働く幽霊ですが、「クイ」よりはいくらか穏やかで、たまには人助けをすることもあるらしいです。こちらは漢字で書くと「魔」になり、日本の読み方と同じです。
つまり、「quy」と「ma」もどちらも幽霊ですが、凶悪さの程度がやや違うようなのです。
「quy」が自民党、「ma」が民主党というところでしょうか。違うかな…。
それはともかく、この一文の意味が見えてきました。「第一はクイ、第二がマ、そして三番目が悪童たち」。つまり、悪事を働く順番を表しているわけです。
もちろん、悪霊の恐ろしさを言いたいわけではなく、幽霊たちに次ぐぐらいの、生徒たちのイタズラ好きを強調している言葉なのでしょう。
この言葉を教えてくれた生徒は、「私たちはイタズラが好きで、授業中もよく悪ふざけをしてしまいます。日本の生徒たちも、やっぱり悪ふざけが好きですか?私は、きっと日本の生徒たちも私たちと一緒に違いないと思います。だって『一番は鬼、二番が魔、そして三番目が悪童たち』なんて言われているんですもの」と書いてきてくれたわけです。
奨学生たちからの手紙は、学費を送ってくれる人、しかもほとんどの場合、会ったこともない外国の年長者に向けて書くわけで、多くは「真面目に勉強に励んでいる」ことを強調します。本当のことを書く子もいれば、タテマエとして書いてくる子もいると思いますが…。
そんな中、やはり個性的な子もいるわけで、「私たちはイタズラが大好き」てな調子の手紙をくれたりします。こんな手紙に出会うと、とってもほっとした、嬉しい気持ちになります。
それで、「Nhat quy, nhi ma, thu ba hoc tro」という言葉が、何年も印象に残っていました。
ところで、昨年の終わりごろから、「Thu ba hoc tro(三番目は生徒)」というタイトルのテレビドラマが、ベトナムで放送されたそうです。
もともとは、「Nhat quy, nhi ma(第一がクイ、第二はマ)」というタイトルを予定していたのですが、これだと幽霊が登場する怪談と間違えられてしまう(?)と思ったのか、「Thu ba hoc tro」に変更したようです。
人気男性歌手のダン・チューン扮する若手教師が、担任クラスの「40人の盗賊」の異名を持つ悪童たちに向き合っていくという、笑いあり涙ありの学園ドラマみたいです。
生徒たちは、お金やモノの面では比較的恵まれているものの、家族の愛情には恵まれていないという設定のようで、最近のベトナム(おもに都市部)の世相を反映したドラマなのだと思います。
脚本を書いた方は、こう言っているようです。「幽霊は恐ろしいと言われているけど、それは人間が作り出した幻想。本当は誰にも危害を加えたりしません。生徒たちも同じです。彼らも本当は心優しい若者たちなのです」
このドラマ、ユーチューブなどで動画がいくつもアップされているのですが、私のベトナム語の能力が不十分なため、悲しいかな、ほとんど聞き取ることができません。
ダン・チューン歌う主題歌も人気のようです。興味のある方は聴いてみて下さい。
http://mp3.zing.vn/mp3/nghe-bai-hat/Thu-Ba-Hoc-Tro.IW6U8FWA.html