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2011年04月10日

春の風が運んでくるもの

先日のホエ先生からのお見舞い状にもあるように、ベトナムは原子力発電所の建設を計画しています。
2030年までに14基の原子炉を建設して、電力の1割を原子力でまかなうことを予定しているそうです。

ホーチミン市から東北東に300キロ弱のところに、ニントゥアンという地域があります。
ちょうど、東京から見た福島県のような位置関係になります。
ニントゥアンの海辺の地域には、4基の原発が建設される予定で、そのうち2基はロシアの企業に発注、残りは日本企業に発注が決まっているとのことです。

昨年、民主党政権の閣僚たちが相次いでベトナムを訪問、原発のセールスに奔走していました。
民主党は自民党以上に原発輸出に熱心だね、と呆れて見ていたものです。

ベトナムでは経済発展にともなって電力の需要が急増、慢性的に電力不足になっていて、ホーチミン市などでは「計画停電」もときどき行われているそうです。
共産党政府はどうしても原発が必要だと考えているらしく、福島での事故のあとも、原発建設の計画を進める、と発表しています。

ベトナムの人たちが、リスクを十分に承知の上で、やはり原発は必要だと考えるのであれば、私たちがどうこう言える筋合いはないと思います。
でも、複雑な気持ちは残ります。


福島県の阿武隈山地の山麓に、「三春」という美しい名前の町があります。
日本の春を象徴する三つの花、梅・桜・桃が一斉に花開くので、この名前なのだと聞きました。
厳しい冬が終わるこの季節、三春では、阿武隈山地の向こうの海のほうから、さわやかな東風が吹くそうです。
春をもたらすこの東風を、地域の人たちは何よりも楽しみにしている、ということです。

しかし今年は、その東風が、とんでもなく恐ろしいものになっています。
三春から東に50キロ足らずのところに、福島第1原子力発電所があるからです。
今年の東風は、放射性ヨウ素とか、セシウムとかいう、目に見えないけれど禍々しいものを運んできているのです。
原発の3号機が爆発した日、三春町は、40歳以下の町民に対して安定ヨウ素剤を配布、服用を勧めたとのことです。

三春町は、私の両親が生まれ育った町です。
私自身は三春で暮らしたことはなく、三春の春の美しさは知りませんが、名前の由来は両親からよく聞かされてきました。
子どもの頃の夏休みには、毎年三春にある両親の実家を訪ねて、いとこたちと遊ぶのがとても楽しみでした。
いまも、多くの親戚の人たちが、三春とその周辺に住んでいます。

三春は原発から30キロ圏の外にあるので、避難地域には入っていません。
そのため、20キロ圏や30キロ圏から逃れてきた方々の多くが、三春で避難生活を送っているそうです(いとこの1人は、ふだんは神奈川県に住んでいますが、避難民の方々の支援のために三春に戻っていると聞きました)。
しかし、ここも危ないと感じて、より遠くに避難する人たちも多いそうです。

三春の人たちは、いつ安らかな春を迎えられるのでしょうか。
避難している方々が、安心して故郷に戻れる日は来るのでしょうか。

いま福島原発の現場で、命がけで立ち向かっている方々には、心から敬意と感謝を感じています。
状況はいまも相当に厳しいと思うのですが、なんとかこれ以上事態を悪化させることなく、安定に向かってほしいと思います。
と同時に、これ以上の原発建設はストップさせ、既存の原発も危険度の高いものから止めていくように、強く望んでいます。



Posted by クアン at 21:44│Comments(0)
 
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