2009年09月19日
ベトナムの塩作り
青葉奨学生たちが通っているホアヒエップ小学校やカンタン高校の周囲には、広大な塩田が広がっています。海に面したカンザーは塩の産地でもあり、多くの奨学生の家庭が、塩田の仕事で生計を立てています。
タンアン村では塩田を見たことがありませんが、奥まったところにあるティエンリエンという集落では、塩作りが盛んに行われているようです。
ベトナムの塩作りについては、ほとんど知らないのですが、今日「愛のベトナムさわやか支援隊」というブログを見たところ興味深い記事がありました。
ベトナムの塩田や塩作りに興味のある方は、ご覧になるとよいかと思います。
http://aino-vietnam.blogspot.com/2009/09/blog-post_18.html
(「愛のベトナムさわやか支援隊」という名前のセンスには、どうもついていけないのですが…。すみません。)
なお、このブログの中で、1944年から45年にベトナム北部で起きた餓死事件に触れた部分で「犠牲者の人数は50万人とも200万人とも言われているが、実際は限りなく50万に近いと思われる」という趣旨の記述があります。
1990年代前半にベトナムと日本の研究者が共同で行った広範な聞き取り調査では、「餓死事件の犠牲者の数は193万人程度と推定される。誤差は相当にあるかもしれないが、100万人以下とは考えにくい」との結果が出ているそうです。
調査に参加した古田元夫先生の講演を聞いたことがありますが、調査の方法といい、結果といい、私としては十分に納得できる話だと思いました。
ですので、「200万人が実態に近いのでは」と私は思っているのですが、ほかの論拠もあるのかもしれません。
いずれにせよ、このブログでも書かれているように、「200万」であれ「50万」であれ、膨大な死者が出たことには変わりありません。
日本軍が行った強制的な米の買い上げや転作強要が、この惨事を招いた要因になったということは間違いないわけで、ベトナムと関わる私たちが決して忘れてはいけないことだと思います。
タンアン村では塩田を見たことがありませんが、奥まったところにあるティエンリエンという集落では、塩作りが盛んに行われているようです。
ベトナムの塩作りについては、ほとんど知らないのですが、今日「愛のベトナムさわやか支援隊」というブログを見たところ興味深い記事がありました。
ベトナムの塩田や塩作りに興味のある方は、ご覧になるとよいかと思います。
http://aino-vietnam.blogspot.com/2009/09/blog-post_18.html
(「愛のベトナムさわやか支援隊」という名前のセンスには、どうもついていけないのですが…。すみません。)
なお、このブログの中で、1944年から45年にベトナム北部で起きた餓死事件に触れた部分で「犠牲者の人数は50万人とも200万人とも言われているが、実際は限りなく50万に近いと思われる」という趣旨の記述があります。
1990年代前半にベトナムと日本の研究者が共同で行った広範な聞き取り調査では、「餓死事件の犠牲者の数は193万人程度と推定される。誤差は相当にあるかもしれないが、100万人以下とは考えにくい」との結果が出ているそうです。
調査に参加した古田元夫先生の講演を聞いたことがありますが、調査の方法といい、結果といい、私としては十分に納得できる話だと思いました。
ですので、「200万人が実態に近いのでは」と私は思っているのですが、ほかの論拠もあるのかもしれません。
いずれにせよ、このブログでも書かれているように、「200万」であれ「50万」であれ、膨大な死者が出たことには変わりありません。
日本軍が行った強制的な米の買い上げや転作強要が、この惨事を招いた要因になったということは間違いないわけで、ベトナムと関わる私たちが決して忘れてはいけないことだと思います。
Posted by クアン at 00:01│Comments(0)
│カンザーのこと