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2012年09月18日

青葉卒業生の夢

9月15日、東京のベトナム子ども基金の集まりで、元青葉奨学生Hさんのお話を聞いてきました。
ベトナム北部ハナム省出身のHさんは、中学2年生のときから6年間、青葉奨学金を受けて勉強し、その後日本に留学。新聞配達をしながら日本語を学び、現在は東京学芸大学教育学部の1年生です。
Hさんは、将来の夢について語ってくれました。障がいを持った子どものための学校をつくるという、とても困難でハードルの高い夢なのですが、青葉の卒業生がこのような目標を持って勉強に励んでいることを、本当に嬉しく思います。
今年は、私的な事情のため、青葉奨学会沖縄委員会の事務作業がかなり遅れてしまっているのですが、しっかりやらなきゃ、という気持ちにさせてくれました。
以下、Hさんのお話の内容をご紹介します。


私の夢は、障がいを持つ子どもたちの先生になることです。将来、私はベトナムに障がい児向けの小学校をつくりたいです。

中学生時代に先生の家を訪ねたとき、聴覚障がいのある息子さんと出会いました。彼と会話をしたとき、彼の優しい表情や手話の動作がとても印象的でした。
その時から、私は障がいのある人に関心を持つようになり、新聞やニュースで彼らの姿を見ると涙がこみ上げることもありました。私の心に何かが響きました。

2008年9月に、憧れていた日本へ留学に来ることができました。
留学生活を通して、私は日本の障がい者を取り巻く環境の進歩にとても驚きました。
目の見えない人が、横断歩道を一人で渡っているのを見たとき、私は目を丸くしました。なぜなら、道路事情の良くないベトナムではあり得ないことだからです!
また、街中の様々なバリアフリー技術にも圧倒されました。ベトナムも日本のように障がいを持つ人たちに優しい環境を作っていくべきだと強く感じました。

私は、ベトナム北部の小さな村で生まれました。母は、野菜の行商や米の収穫をしながら、一人で私を育ててくれました。
そんな母の苦労を幼い頃から見てきたので、障がいのある子どもを持つ家庭は、もっと大変だろうと考えるようになりました。
私は彼らを助けたいと思い、障がい児の先生の道を選びました。

現在、ベトナムでは、障がいを持つ子どものほとんどが学校に通うことができていません。
障がい児教育の質やインフラ、人材育成もまだまだ十分ではありません。
また、戦争中に使われた枯れ葉剤の後遺症によって、子どもや孫の世代にも障がいが出ています。その被害が最も多いのはベトナム中部です。
そこで、私はベトナム中部にあるクアンナム省に、障がいのある子どものための小学校を開きたいと思っています。

この学校のいちばんの目標は、学生たちが自信を持って社会に出て行けることです。
将来、健常者の子どもたちと一緒に暮らすことができるよう、心も身体も元気でいられる学校にしたいです。
また、家庭の負担を減らすため、学費は無料にします。
クラスは、子どもたちの能力に合わせて色々なクラスをつくり、特別な教科書を使います。
進学や就職の不利にならないよう、基礎学力もしっかり身につけて、社会で必要な知識や道徳にも触れていきます。
お昼には、栄養のある給食を食べて、運動や課外活動も充実させます。

これから、私は日本の大学で、学校づくりに必要な力を身につけていきたいです。
そこで学んだノウハウをベトナムに持ち帰り、ベトナムの障がい児教育の向上にも貢献したいです。
また、障がい児教育をテーマにしたベトナムと日本の交流の場をたくさんつくりたいです。そこで、障がいを持つ子ども同士が交流し、気持ちを共感したり、励まし合うことで勇気をもらえる、と思います。

私にとって、夢の実現までは、まだまだ遠いです。意志が揺れてしまうこともあります。
先輩や友達からは、留学生にとっては教育学科は難しいから、やめた方がいいというアドバイスをもらったこともあります。

でも、障がいをもった人でも、ベトナムの中で活躍し、社会に貢献している人がたくさんいます。
たとえば、グエン・ゴック・キー先生は、両手を動かすことができませんが、足で字や絵を書いています。
タイン・トゥンさんは、枯葉剤の後遺症で目が見えませんが、耳で音楽を感じ、自ら楽器を練習し、世界の多くの国で演奏しています。
チャン・ティ・ホアンさんは、両足も左手もありません。それでも、彼女は外国語の英語を上手に話し、IT企業で働いています。
彼らの強い意志を知ると、私も夢をあきらめないという強い気持ちになります。

ベトナムでは、障がいを他人に知られたくないという理由で、子どもを学校に通わせない家族もいます。
障がいを持つ子どもが生まれるのは、先祖が悪いことをした報いだというような、古い考え方も残っています。

でも、皆と同じように教育を受けて、才能を伸ばし、社会で役割を果たすことができれば、自信を持つことができます。
それを可能にする学校が増えれば、家族も安心して、障がいを持つ子どもを学校へ送ることができます。
彼らが学校や会社で活躍することで、周りのベトナム人も、障がいを持つ人たちを認めるようになります。
私は、このようにベトナムの社会が変わっていくことを信じています。

皆さんは、枯れ葉剤が原因で身体を一つにして生まれたベトさんとドクさんをご存じだと思います。
日本人医師の協力による手術のおかげで、ドクさんは今も元気に生きています。奥さんと子どももできて、幸せな家庭を持つことができました。
このように、多くの日本人がベトナムの障がい者を支援して下さいました。そのことを、何よりも心から感謝いたします。

今日は、初めて会う私の夢について聞いていただき、ありがとうございました。
どうか、私の夢を実現するための力になっていただきたいです。
そして、ベトナムの子どもに関心がある方ときっかけが生まれるよう、願っています。





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Posted by クアン at 20:44│Comments(0)奨学生
 
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